warayamanga

主にハイパーインフレーション(漫画)について書いていきます

忘却バッテリーの魅力についての考察

ハイパーインフレーション記事も20近く蓄積したので、一旦別の漫画についても考察記事を書いてみようと思う。

 

ある意味記念すべき1作目は、ハイパーインフレーションと同じくジャンプ+にて連載中の野球漫画『忘却バッテリー』についてである。本作はジャンプ+の準看板と言って差し支えない人気を誇っているため、改めて書くまでもないかもしれないが、

魅力溢れる本作品の中で特に輝く要素は何かを考察したいと思う。まあ、考察というよりは感想である。

 

なお、未読者を考慮しない内容であるため、未読者はブラウザバックして初回無料を利用して最新の79話まで一気読み推奨である。

 

 

 

 

■記憶喪失設定×高校野球の妙味

 

本作は野球強豪でもなんでもない(というか野球部が実質無い)小手指高校に、宝谷シニアで名をはせた怪物バッテリーである「清峰葉流火」、「要圭」が入学することから話が動き出す。ここまでは親の顔より見た高校スポーツ漫画によくある展開であり、大体主人公が異常なやる気に満ちているかその真逆で絶対にやらないというスタンスである。

本作はある意味では後者なのだが、キャッチャーの要圭は記憶を失っており、加えて智将として有名だった彼が、「パイ毛」を連発するアホになり果ててしまっている。もちろん野球には一切の興味がない。本作の狂言回しの役を担う「山田太郎 通称:ヤマ」とのやり取りの中で、流れで清峰の球を受けることになり、忘却した野球と、智将としての過去と向き合っていくことになる。

 

本作のキーワードである「忘却」だが、ここが非常にメタ的にも扱いやすい設定であり、斬新なのだ。

記憶を失った要圭は紛れもない初心者であるため、野球のことはちっとも分からないし、むしろ嫌悪感をもった状態から始まる。ただ、彼は名門シニアでレギュラーだった男であり、頭は覚えていなくても肉体は覚えているという展開が散見される。

 

多くのスポーツ漫画は、初心者主人公が入部して、ほかの選手陣を押しのけて成長していく場合、圧倒的なセンスやフィジカル、ほかの競技や経験を活かす、などの要因でごぼう抜きしていくことが多いが、個人的にはこの展開は必死にその競技に以前から取り組んできた人間をある種ないがしろにしてしまう側面もある。ただ、要圭の成長は、かつての自分が確かに積み上げた経験や努力に基づくものであり、その急成長も嫌味にならず、むしろ過去の経験が報われていく様に喜びを覚える。

また、当初は野球に対して嫌悪感に近い感情を持っていたが、仲間との出会いや試合での楽しさ・悔しさを通じて野球に対する取り組み方や姿勢が目に見えて変わっていく様は、他の野球漫画では読めない温かみと青春を感じるため、この設定ならではである。

 

 

■野球を知らなくても楽しめる。

 

かつて『ヒカルの碁』という漫画があった。その作品の取り扱う「囲碁」という競技はルールが難解であり、『ヒカルの碁』読者でもルールを理解して読んでいたのはごく一部だったと思う。勿論私も何度も読んでいるが、ルールは分からない。だが、面白いのだ。

 

本作品の取り扱う「野球」という競技は、「囲碁」に比べ圧倒的な知名度は誇るため、同列にはできないが、この作品は「野球」漫画でありながら、「野球」を知らなくても楽しめるという点で、非常に「ヒカルの碁」に近いと感じる。

 

また、野球を知らなくても楽しめるのに、野球に詳しいとより楽しめる要素もちりばめているのが素晴らしく、幅広い層から支持を受けている理由だと考える。例えば、野球観戦が好きでつい解説してしまうおっさんが登場するなど、別になくても成立するが、あるとなお盛り上がりにつながる描写が多い。

 

野球のセオリーや細かいルールなど知らなくても、しっかり感情移入できる丁寧な心理描写表現は、普段野球漫画を読まない層も惹きつける凄みがある。

 

 

■個性豊かなキャラクター達と素晴らしいエピソード

 

本作の人気を紐解く場合、この部分が高いウェイトを占めることは間違いないだろう。細かく記載していると記事が終わらないので割愛するが、みかわ先生は感動エピソードを作る天才であると言わざるを得ない。特に、呪術廻戦の筋肉だるまと奇跡的にフルネームの読みがかぶってしまっている「藤堂葵」(ちなみに忘却バッテリーの藤堂の方が先)。彼のエピソードは個人的には作中随一の完成度およびこみ上げる感動を覚えた。彼が主人公でもいいくらいだ。

 

また、77話において、失意の敗北となった小手指ナインや観戦する家族が描かれる中、「この試合で一番泣いたのは誰だろう」というナレーションから、サヨナラホームランを打った試合相手の「久我」選手の名前を出したときにこの漫画の底知れなさを感じた。久我は丁寧に描かれたバックボーンがあるわけでもなくライバル描写があるわけでもないのだが、エラーで逆転を許してしまった負い目を自身のバットで払拭しようと最終打席に臨み、見事達成したのである。そりゃ一番泣くよ!という納得感とともに、つい前話で敗北による喪失感を感じていたのに、素直に久我選手に賞賛の拍手を送りたい気持ちが芽生え、無名校に敗北する恐怖やプレッシャーへの共感、その窮地から解放されたカタルシスに近い感情が呼び起され、さわやかな読後感を生み出した。余談だが、この辺りは帝徳の勝利または敗北で連載終了するのではと怯えながら読んでいた。同じ思いをした方もいるのではないだろうか。

 

 

非常に語る点の多い本作ではあるが、あくまで人気の理由を考慮する場合、以上の3点が柱であると考える。某アンケートで好きな野球漫画上位になるのも納得である。

忘却バッテリーが好きな方は同じくみかわ先生の書いた読み切り『SF男女物語』も名作なので読んでみてほしい。

 

若干途中の展開を忘却している部分もあるため、また読み直したら別の側面の記事を書きたいと思う。